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2018年3月11日 (日)

北海道の廃止駅

 ここの所北海道の駅が次々廃止になっています。駅の廃止というと、路線の廃止に伴うものが多く、路線はそのままで駅だけ廃止になる例はそれほど多くないという印象ですが、実際の所はどうなのか、北海道について調べてみました。なお、ここで言う駅の廃止は旅客営業の廃止を指し、貨物駅や信号場になって存続する場合を含み、客扱い信号場や仮乗降場を含みます。

 昭和30年代までを見ると、昭和18年の国有化に伴って廃止された芭露沢(富内線)、昭和24年の、恐らく戦時の輸送力増強のために作られて、戦後不要になって廃止された新本別信号場(函館本線)、昭和31年の、恐らくダム建設のために作られて、不要になって廃止された宇津内(深名線)、手宮線の貨物線化によって昭和37年に廃止された色内(手宮線)程度です。

 昭和40年代には、恐らく設置したものの乗客が極端に少なかったのでしょう、仮乗降場が多数廃止されています。昭和40年天北栄(天北線)、昭和41年川向、厚生病院前(名寄本線)、昭和42年北頓別(天北線)、西永山(宗谷本線)、下相ノ内(石北本線)、昭和45年北里、西振老(羽幌線)、昭和46年鳥ノ沢(石北本線)、昭和47年下ノ滝(羽幌線)、土佐、常呂港、中能取(湧網線)と13カ所を数えます。また、この時期には貨物駅化、貨物線化によって陣屋町(室蘭本線)、南美唄(函館本線)、幌内住吉、幌内(幌内線)の各駅も廃止になっています。

 昭和50年代は少なくて、昭和50年の常紋、上越(石北本線)、昭和51年の大曲(深名線)、昭和59年の上目名(函館本線)だけです。昭和60年代は、昭和60年の神路(宗谷本線)、尾路園(胆振線)、昭和61年の鹿越(根室本線)です。上目名を除いていずれも信号場、仮乗降場ですが、上目名も元々利用客はほとんどいない、列車交換のためだけにあったような駅で、廃止と同時に跡形もなく撤去されました。

 平成に入ると一転廃止が増えて、平成2年には雨煙別(深名線)など8駅が相次いで廃止になり、平成3年には滝里(根室本線)が廃止になります。しかしその後は10年ほど廃止はありません。

 平成13年から再び大量廃止が始まり、平成13年に下中川(宗谷本線)など6駅が廃止、平成16年に楓(石勝線)が廃止、平成18年に旭浜(室蘭本線)など7駅が廃止になり、この時長期休止中だった函館本線の張碓も正式に廃止になります。

 また10年ほどの間隔を置いて、昨今の大量廃止が始まったわけです。即ち、平成28年に鷲ノ巣(函館本線)など8駅、平成29年に東山(函館本線)など10駅が廃止になり、平成30年にも羽帯(根室本線)の廃止が予定されています。

 こうしてみるとずいぶんたくさん廃止になっていますが、昭和30年前後を中心に大量に設置された局設置の仮乗降場が多くを占め、北海道の地域特性によるものが大きいとも言えます。JR北海道が挙げた廃止候補駅はまだたくさんありますから、さらに廃止が続く可能性もありますが、JR北海道は路線の廃止に注力するようになっていますから、路線の廃止が一段落するまでは、駅の廃止は小康状態になるかもしれません。

 

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