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2008年2月 9日 (土)

廃線跡の旅・五日市鉄道

 本編の「廃線跡の旅」のコーナーに五日市鉄道を掲載しました。

 全線歩いて探索するとなるとかなり距離があって大変なので、一部歩いて移動してもう一部歩くというような探索方法を考えて出かけましたが、結果的には全部歩いてしまいました。さすがにかなり疲れましたが、大部分はそのまま道路になっていたため、線路跡に沿って歩くこと自体はそれほど難しくはありませんでした。

 しかし、沿線は全線に渡って住宅が密集しており、もし今でも走っていたら、相当な乗客で賑わっていたのではないかと、沿線の交通がずいぶん便利になっていたのではないかと思うと、戦後復旧されなかったのは残念なことだったと思います。戦時中に不要不急路線として休止された路線は、種村直樹著「ローカル線の旅」(日本交通公社出版事業局、1981)によれば23線区、区間で、その内そのまま廃止になったのは6線区に過ぎず、他は復旧されているのを考えると、まことに惜しかったと思います。しかも復旧された線区の多くがその後廃止されています。やはり並行して青梅線が走っていたのがネックになったのでしょうね。

 

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